2005年06月07日

「ダ・ヴィンチ・コード」誰かミステリーの読み方教えて!

数年前の話である。
仕事の関係で、ある県営住宅に3ヶ月ほど通っていたときのこと。
朝から産廃業者のトラックが一台、A棟の前に止まっていた。
そして、作業服姿の男たちが一階のある部屋から荷物を次々と運び出し、トラックの荷台に放り投げていく。
その部屋の住人はその県営住宅一オンボロな車に乗っていた。パワーウィンドウは閉まらず、雨の日は透明なビニールとガムテープで応急措置をしていたものだ。
まぁ、だからこそ住人の顔を覚えていたのだが・・・。

さて、作業服の男たちは、部屋にあるものを一切合財運び出していた。たん笥、家電製品、布団、衣類。
引越しではないことは一目瞭然である。全部捨てるつもりらしい・・・。

そうなれば、考えられることは一つ。
これまでの生活をすべてチャラにしても余りあるほどの金を手に入れたに違いない。
ジャンボ宝くじだか親の遺産だかは知らないが、とにかくオールリセットをかけたとしか思えないのだ。

そうだとすれば、なんともうらやましい。
それ以来、私もジャンボ宝くじが当たったら、同じようにしようと心に決めている。


ダン・ブラウン著「ダ・ヴィンチ・コード」を読了した。
毎度流行から遅れて申し訳ないが、本来ならこの小説は単行本化されてから買おうと思っていたのだ。(お値段高いですからねぇ)
ところが、ヨハネ・パウロ2世の逝去やら映画版にイアン・マッケランが出演するやらで購買意欲をそそられてしまった。
発売から約1年、映画公開まであと1年という中途半端以外何ものでもない時期ではあるが、読んでしまったものは仕方ない。粛々とレビューする次第である。極力ネタバレ的な内容は書かないつもりなので、ご安心ください。

この小説は、ご存知のとおりミステリーに分類されるものである。
ミステリー小説といえば、スリルとサスペンス、そして謎解きと相場は決まっている。
とは思うのだが、なにせミステリー小説など久しぶりなので、いまいちその辺の楽しみ方がわからない。強いて感想を述べれば「ご都合主義のオンパレード」といったところか。

となれば、唯一の楽しみは「ダ・ヴィンチの絵画に隠された歴史の謎」である。中学時代「国社の○○ちゃん」などと呼ばれていた私は、この手の話が大好きなのだ。

で、小説中でも語られているが、欧米のキリスト教圏でこの手の研究は比較的盛んに行われているらしい。日本もキリスト教圏であれば、たま出版とかPHP出版から多数、関連した研究本が発行されていたのであろう。

ところが一応仏教圏である日本でこの手の研究は少ない。
つまり、判断材料となる資料が絶対的に不足しているのである。
そりゃまぁ一般的な日本人からすれば、イエス・キリストが神様だろうが人間だろうが、あまり関係はない。そんなもの宗教的解釈か歴史的解釈かの違いでしかないのだから。

とにかく、真っ当な研究でひとつの仮説が語られたのなら、真っ当な研究で仮説に対する反論が語られ、その双方を吟味してどちらがより真実に近いのかを評価しなければ意味がないのであるよ。
しかし、これは小説であり研究書ではない。小説としてのテンポを守るため、仮説から仮説へと飛び移り、「仮説的真相」とでもいうべき場所に辿り着くのである。
「ほらごらん。あの絵はこんな風に見えないかい?つまりあの絵にはこんな意味が込められているんだよ。」などといわれてもねぇ。それじゃ霊媒師が鑑定する心霊写真だよ。
せめて、「あの絵はこんな風に見られてるけど、それはこういった理由で違うんだよ。本当の見かたはこうで、こんな意味があるんだ。」くらいに説明してくれないと。(もっとも、小説としては致命的なまでにまどろっこしいが・・・)

実際「あの絵はこんな風に見える」と小説の中で指摘され、その絵を検索して見たのだが、「いや、私にはそんな風に見えません。」と思ったこともありました。(いくらなんでも、コジツケまるわかりなんだもん)

いくら「あの絵のこの部分は不自然だろう?」などと言われても、美術史や歴史学の本流がどのようにその不思議を説明しているのか?小説にはほとんど出てこない。
欲求不満爆発である。

また、この題材を扱うにあたって当然語られねばならない重要な逸話が抜けていたりして、「ツメが甘いなぁ」という印象をうけた。(「レンヌ・ル・シャトー」の話が出てこないよー)

まぁ、異端とはいえちゃんとした研究をもとに書かれたこの小説のほうが、先日鑑賞した「ナショナル・トレジャー」より断然面白い話ではある。
上巻はテンポよく一気に読めるが、下巻はテンポを犠牲にして長々と種明かしの説明が続くのだが、「読んで損した」というほどの失望感はないので、古本屋で安く手に入るか、文庫化されたあかつきには一読をお勧めする次第である。

「私はそれでも新品を買いたい!」という酔狂な方はこちら
ダン・ブラウン著「ダ・ヴィンチ・コード」

「ダ・ヴィンチ・コードの解説本は?」という方はこちらから
ダ・ヴィンチ・コード
【関連する記事】
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2005年03月18日

「反国家分裂法」は胡錦濤の踏み絵か?

 マイクロソフト社のWordを使用する機会が多い。ところが、いまだに使いこなせずにいる。 なにせ、コイツときたらお節介な機能満載である。「ええい!勝手に文章の体裁を整えるんじゃない!」とか「この言い回しでいいんだよ!俺の文章能力に不満でもあるのか!」などとアドレナリン分泌量が臨界に達することもしばしばである。
 しかもコイツのヘルプ機能ときたら、董建華なみの無能である。「いやいや、私が聞きたいのはそういうことじゃなくてですね。言い方が悪かったのかな?ええっと、質問の意味はこういうことなんですけど・・・。」などと下手にでたにもかかわらず、何度煮え湯を飲まされたことか。家電製品の取扱説明書にも言えることだが、こういうものは理系ではなく文系の頭脳で作っていただきたい。などと、理系偏重主義に文句を言ってもしかたないが・・・。

 相変わらずタイミングを外した話題で申し訳ない。
 さる3月14日、第十期全人代第三回会議において「反国家分裂法」が採択された。これを受け米下院では早速非難決議が圧倒的多数で採択されたが、この問題で熱くなっているのは台湾と米国だけという事実を浮き彫りにしたに過ぎない。
 日本を含めたアジア周辺諸国や欧州の反応は冷静である。なぜか?
 私はこれを胡錦濤が軍に対して行ったジェスチャーだと思っている。

 江沢民から中央軍事委主席を委譲された胡錦濤が、軍を尊重すると約束した証。というより人民解放軍が胡錦濤に踏ませた「踏み絵」であると思われる。

 台湾の陳水扁総統は「独立」をトーンダウンさせているのだ。統一派の宋楚瑜とも和解し、事実上台湾の独立は遠のいた。陳水扁も胡錦濤も、国内経済の安定こそが重要課題であることに違いはない。「反国家分裂法」は「あんたらの主張もある程度飲むから、ちょっと静かにしててや。」という胡錦濤の意思表示に他ならないのである。

 人民解放軍も世代交代が進み、「イデオロギーの輸出」を信奉する古参の軍人は少なくなった。新しい世代は讃・燭塙沼・韻砲茲辰討發燭蕕気譴人ザ・蔀屬砲茲辰董・咳弔隆覿箸鮗 垢剖修掘⊆・碍从僂・發燭蕕綱C・弊験茲縫疋奪廛蠅反擦・辰討い襦別杵澄∨・縞嫉里寮験茲呂△・泙埜靴靴い里世・法」

 更に生活を向上させたいが体面や権限も維持したい軍部と、テクノクラート出身で軍にあまり接点を持たない胡錦濤が「バランス」をとった結果。それが「反国家分裂法」なのである。

中国の政治・経済をもっと知りたいという酔狂な方は、まずこちら
中国動向〈2004〉

あーウザイ!中華料理が食えれば充分!という方には
中国料理秘伝帳


 このブログを映画専門だと誤解されている向きもあるようなので、今回から記事カテゴリを細分化した。まぁ、あまり意味はないと思われるが、一応念のため報告する。

posted by 中華屋 at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月11日

小説「終戦のローレライ」と映画「ローレライ」part3

 私の「CLIE」は赤い。
 二年ほど前にヤフオクで購入したのだが、つい最近まで放置プレイを楽しんでいた。というより購入したことさえ忘れていた。
 ほんの一月前である。押入れの中に積み重なった「貴重なガラクタ」を整理していると、こいつがヒョッコリ顔を出した。うーん、もったいない。どうにか活用できないか?
 「飽きっぽい凝り性」を自認する私は、早速ネットでPalmOSの情報を検索し、本を買い込み、有用と思われるソフトをダウンロードしまくり、ついには真っ赤に塗装してしまった。無論、塗装は素人なので少々あらも目立つが、遠目には完全な「俺CLIE(非売品)」である。うん、ちょっと満足。
 で、ここで「飽きっぽい凝り性」の私は冷静に結論を下す。
 手帳はやっぱり「紙」が便利。

 やっと映画「ローレライ」のショックから立ち直りつつある。
 前回はあまりのショックに批評を放棄してしまった。申し訳ない。しかし、自腹であんなものを見に行き、しかもそれが「興行収入40億円間違いなし!」などというのでは、冷静な判断などできたものではない。まさに恐るるべきはメディアの力。ホリエモンよ、貴様が手にするには、この力は大きすぎる・・・。

 本日福井晴敏氏と樋口真嗣氏の対談集「ローレライ浮上」を購入。かような映画に1300円(前売り券買いました)を投入し、なにゆえ更にこのような本を買わねばならんのか?「批判する対象にこそ、真摯な態度でのぞみたい。」からであり、あまりにクオリティの違う小説版と映画版の謎を解くためにも必要だったのだ。だって、気になるでしょ?同じプロットから出発したはずなのに、なんで一方だけ完成度が高いのか。

 映画「ローレライ」の最大の急所は制作費と脚本であろう。
 なにも制作費の大半を費やしたCGに文句を言うつもりはない。ハリウッド大作並みのCGは、はなから期待していなかった。CG最大の難関「水」を描きだすには予算が足りないのは明白であり、それにしては頑張った。いや、賞賛すべきである。

 問題は「せめて前・後編くらいに分けて、丁寧にかいて欲しかった。」ということなのだ。

 これほどエピソードてんこ盛りの物語が、2時間で収まるはずないではないか。それを無理やり押し込めたものだから、演技にも戦闘シーンにも抑揚の無い、ノッペリとした作品になってしまう。「潜水艦映画にハズレなし」というのは、密室や戦闘シーンなど、緊迫感が描きやすく、緩急の「緩」にだけ頭をひねれば、そこそこ面白い物語が成立するからだと思う。

 ところが「ローレライ」は緩も急も時間に追われて中途半端。盛り上がらないことこの上ない。やはり前後編に分けるだけの制作費は確保して欲しかった。ひとつの作品を前後編に分けることことへの抵抗もあろうが、少なくとも「キル・ビル」よりは面白くなったはずである。

 更に言うなら、当初脚本は「劇団☆新感線」の中島かずき氏が担当していたそうだ。プロットには忠実だが、表現が舞台的で3時間半の大作になってしまう第一稿。「もっと自由に」といわれて、おもいっきり「マンガ」になってしまった第二稿。それらを修正した第三稿までいったのだが、中島氏が他の仕事に行ってしまいタイムアウトとなったそうだ。うーん、是非見たかったなぁ、中島版「ローレライ」。3時間半の第一稿を加筆修正して前後編に分けたほうが、はるかによかったような気がする。

 脚本については「いくら比較的自由な気質の潜水艦乗りであっても、帝国海軍軍人たるもの、そこまでくだけた立振舞いは無かろう」という時代考証の甘さが目立った。
 明石屋さんま氏から「軍人を演じるために生まれてきた男」と賞賛された我らがギバちゃんには期待していたのだが、あの少年のような「ギバちゃんスマイル」で軍人度急降下。規律正しく心優しい軍人を演じる技量があるだけに、残念だ。

 その他、清水(佐藤隆太)へのあまりに惨い扱い。絹見艦長(役所広司)、浅倉大佐(堤真一)の小説とはかけ離れた性格描写などなど、脚本へのツッコミには事欠かない。

 樋口監督はハリウッドに勝てる映画を作ったらしい。少なくとも本人はそう自負している。だがハリウッド映画もピンキリだ。監督がどのあたりを想定して強気な言動をとるのかはわからない。(どうも「パール・ハーバー」らしいのだが・・・)
 しかしこの予算と脚本で、本気で勝負できると思っているのだろうか?

 予算か脚本。どちらか一方だけでもマトモだったら・・・。そう思うとこの映画は残念でならない。


 やっと元気が出てきたので、私の感想が気に入らなければ批判していただいて結構だ。
 ただし、掲示板などでよく見かける「そんなに貶すんだったら、お前もっと面白い映画撮れるんだろうな!」などという至極頭の悪い批判はやめていただきたい。バカ丸出しの上、そんなバカと同時代に生きていることが悲しくなる。少々過激な物言いで申し訳ないが、できる限り正当な批判をお待ちしている。


 映画と小説を両方見て、疑問を持った方は
 ローレライ、浮上

 低予算でも面白い映画が見たいという方は
 SAW ソウ DTSエディションSAW
posted by 中華屋 at 21:59| Comment(1) | TrackBack(3) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月07日

小説「終戦のローレライ」と映画「ローレライ」part2

「ニューズウィーク日本語版」によると、今ニューヨークでは日本の現代美術が元気らしい。それも、一般人には意味不明の「ポストモダニズム」ではなく「オタク」文化だそうな。スーパーフラットに代表されるいわゆる「オタクの美意識」が、海外では新鮮に感じられるのだろう。オタクとまではいかなくても、漫画好き、アニメ好きな生粋の日本人である私などは、ちょっと誇らしいような気分になる。

 本日無事、映画「ローレライ」を拝見した。
 役所広司氏はすばらしい役者である。日本を代表するという言葉は、おそらく渡辺謙氏よりも役所広司氏にこそ与えられる称号だろう。濃い、混沌とした霧の中でもその輪郭をしっかりと印象付ける。それほどの存在感と演技力を持つ役者はなかなかいまい。ゆえに「浮いて」しまうこともままあるのだが・・・。

 そうそう、「ローレライ」の感想ね。
 ええっと、脚本家鈴木智氏の最高傑作は、やはり「大江戸レイプマン」である。以上!

 正直に言う。これ以上書くと、コメントに不快な書き込みをされそうでイヤだ。基本的に映画は、見る人の感性次第だと思う。ちなみに私の今の心境は「勝率の低い賭けに、大金をつぎ込んで負けた。」という感じである。

「同じプロットでも、肉付け次第でこんなに違うんだ!」と思いたい方は。
終戦のローレライ...講談社文庫

「どうせ潜水艦でSF映画撮るなら、もっとぶっ飛んだほうが・・・。」と思われた方。
海底軍艦

「潜水艦を舞台にした戦争映画なら、やっぱこっちでしょ。」という人は。
Uボート...DAS BOOT

「オウオウ!デカ口の娼婦に惚れるような優男が、役所広司さんに勝てるはずなかろうが!」と思った方は。
Shall We ダンス? (初回限定版)
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2005年03月04日

小ネタ集

 掲示板やブログ、日記などで「(笑)」というのを見かけることがある。
 私はこれを見るとひどく悲しい気分になったりする。ようは嫌いなのである。
 本来「(笑)」というのは、インタビュー記事や対談記事などで用いられる。これは問題ない。発言者の様子やその場の雰囲気、発言の本気度を的確に表す良い方法だと思う。
 上記の意味で、チャットで使われる場合もいいだろう。同じ時間を文字を通して共有するには、それなりの感情表現が必要だ。
 しかし、掲示板やブログではどうだろう?
 発言の本気度を示す場合はまだいい。だが大抵の場合、それは発言者が「ニヤリとしてます。」的な使われ方であり、読む者にとっては面白くもなんともない文章の後に付いていたりする。
 夜中に一人、キーボードを叩きながらモニターの前でニヤニヤしている姿を想像しろとでも言うのか?そんなもの、物悲しいだけであり、気持ち悪いだけである。
 この意見にご同意願えるなら、是非「(笑)」撲滅運動に参加いただきたい(笑)


 このブログでは絶対やりたくなかったのだが、一言だけお許し願いたい。
 ライブドア関連「ニッポン放送社員による共同声明文」である。「フジの差し金だ!」と勘ぐるむきもあるようだが、経緯がなんにせよ、この問題で初めて真っ当に「リスナー」と言う言葉を聞いて、ちょっと安心したのは私だけではないはずだ。
 確かに、企業は株主のものかも知れないが、メディアの企業価値を決めるのは視聴率であり聴取率であり購読数ではないのだろうか?
 まぁとにかく、この件で「うえやなぎまさひこ」氏あたりが辞めてしまったらヤダなぁと思う次第である。


 映画「ローレライ」は、いよいよ明日公開である。
 期待している。期待しているぞー!
 たとえ前田有一氏に30点をつけられ「今週のダメダメ」に選ばれようとも・・・。
 しかし、明日は都合で見に行く時間がない。申し訳ない。
posted by 中華屋 at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月03日

ハリウッドの懲りない面々

 私は自称「パソコン自作派」である。
 初めて買ったパソコンは富士通製のブックタイプであった。ところがグラフィックが貧弱すぎて同時に購入した3Dゲームが起動しない。アナログ回線でネットを検索しまくり、どうやら取り付けられそうなグラフィックボードを購入。自分で取り付けたのが始まりのような気がする。(そんなもの、自作の内に入らない?すみません気のせいでした。)
 初めてパソコンのカバーを開けた時の、あの期待と不安が忘れられず、その後のパソコンは自作するようになった。
 ネットを検索し、本を買い込み、その基本構造を読み解く過程はブラックボックスを覗き見たようで非常にワクワクするものである。もっとも「広く浅く」をモットーとする私は、あまりディープになると飽きてしまうのだが・・・。

 自分の書いた「アカデミー賞ですねぇ」及び「再びアカデミー賞ですねぇ」を読み返して、気分が悪くなった。
 上から物を言いすぎ。高飛車すぎ。傲慢すぎな文章である。私と同じ不快な思いをされた方には申し訳ない。

 それもこれも、先日買った文庫本のせいである。

 マックス桐島 著
ハリウッドの懲りない面々―...講談社+α文庫


 いや、ゴシップ的なハリウッド暴露本であるが、著者の肩書きがハリウッド・プロデューサーであるため、そこそこ信頼性はあると思われる。
 ハリウッドの若手不良軍団が「ハリウッド・レベルズ」と呼ばれていたり、スター御用達の自家用ジェット機はガルフストリーム社のGシリーズであったりと、映画好き、ハリウッドスター好き、ウンチク好きにはたまらない話のオンパレード。だれでもハリウッド通(になったような気分)になれる一冊である。
 かく言う私も、いっちょ前のハリウッド通面をして、高飛車な文章を書いてしまったのは前出の通り。自分の感化されやすさが恥ずかしい。

 ちなみに、著者であるマックス桐島氏のホームページもなかなか面白い。
 アマゾンのアフィリエイトを導入したので、あまり信用されないかもしれないが、ライトなハリウッド映画ファンには是非おすすめしたい一冊である。
 この文章をイヤラシイと思った方は、お近くの書店での購入を強くおすすめする。
posted by 中華屋 at 00:02| Comment(0) | TrackBack(2) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月02日

中国の官僚腐敗

 先日ふと自分の名前をグッグってみた。
 ヒット数は2件。一つは同姓同名の刀鍛治であった。ものが「昭和初期の特注軍刀」であるから、さして有名ではないのだろう。
 もう一件は紛れも無く私のことであった。

 「○○高等学校同窓会住所不明者一覧」

 そういえば昨年、高校の同級生から「お前、同窓会名簿に不明者で載ってるぞ。」と聞いたような覚えが・・・。年賀状のやりとりで、私の住所を知っている同級生も何人かいるはずなのだが、ものぐさな人間の周りには、やはりものぐさ者が集まるようである。

 「中華屋」というネームを自ら進んで付けた以上、少々中国の話題にも触れたいと思う。

 私は数年前まで中国企業に在籍し、中国本土で働いていた。よくある「半官営」ではなく、完全な民間企業であったため、役人との接点は特に重要視された。

 初出社当日、董事長に公安局へ連れて行かれた。ある小部屋に入ると、公安の職員3人がトランプゲームをしている。机の真ん中に置かれた100元札の山から、賭博をしていることは一目瞭然である。
 あとで董事長が「あいつらは公安の中でも賭博を専門に取り締まる部署の人間なんだ。」と言って笑った。しかも1人はその部署の長であり、自ら企業を持つ経営者であるとも・・・。
 まだ若かった私は、初めて「中国」を目の当たりにしたような気分になったものである。

 当時、会社は買収先企業の労働組合と揉めており、公安局を味方に付けた会社と裁判所を味方とした労働組合の間で綱引きがおこなわれていた。
 そこにライバル企業が絡んできたりして、犯罪めいた嫌がらせが頻発するようになり、会社としては何が何でも早期解決を図らなければならなくなった。ようは市政府と共産党幹部を接待と贈り物攻勢で味方につけ、「共産党の肝いりで市政府が調停に乗り出す」と言う体裁を整えたわけである。
 こちらの裏工作の結果、何とか事態は収まったわけだが、私は非常にいい勉強をさせてもらったと今でも感謝している。

 さて、最後にためになる話を一つ。
 あなたが中国進出を果たした企業の人間だとしたら、覚えておいて頂きたい。
 たとえあなたがその地方の市政府や共産党支部のトップクラスと親しい間柄であっても、問題解決の為に真っ先に彼らに連絡を取るのはやめたほうがいい。それは、彼らの下にいる幹部クラスの恨みを買う結果となるからだ。
 あくまで下から順番に話を通す。これが面子を重んじる中国官僚とうまく付き合う方法である。
posted by 中華屋 at 18:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月01日

再びアカデミー賞ですねぇ

 少々デザインを変えてみた。というより変えようと試行錯誤の途中である。なにぶんこれまで避け続けてきたスタイルシートの編集である。変えようという意思ばかりが先走り、イメージもないのにいじりまくっている。少々見づらいと思われるが、ご勘弁願いたい。

 今朝の朝日新聞天声人語欄はハル・ベリーの話題であった。ラジー賞にわざわざ出向くなど、シャレのわかる女性だと思っていたのだが、どうやら母の教えを胸に秘めた実直な女性であるらしい。アカデミー主演男優賞のジェイミー・フォックスも亡きお婆さまの金言を語っていた。なんにせよ、家庭の教育というのは大切である。

 我が家の母の金言は「男は死ぬまで働け!」であるから、どちらかと言うと武田鉄矢氏の母に近い。町内の運動会で一等賞を獲ったとしても、勝利者インタビューだけは避けたいものである。

 コダック・シアターのレッド・カーペットにトヨタのプリウスで乗り付けるハリウッド・セレブが増えているそうだ。
 アンチ・トヨタの私としては、ホンダのインサイトをおすすめしたいところであるが、2ドア・クーペではやはり不便なのだろうか?本当に環境を気にするなら、チャリでこい!と言うのは無謀な上にただのヒガミである。
 以前、ハリソン・フォードやティム・ロビンスが電気自動車でレッド・カーペットに乗り付けたことがあるが、自家用ジェット機を何機も乗り回している彼らに環境云々と説教はされたくない。
posted by 中華屋 at 13:06| Comment(0) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アカデミー賞ですねぇ

 ファイナンシャル・プランナーなどという資格を取ったばかりに自分の老後が気になり、物欲にブレーキをかけている今日この頃。そう、矢田亜希子に諭されるまでもなく、お金は大事なのである。
かつてビートたけし氏はラジオ番組で「地位も名誉もお金もみんな持ってる。無いのはデカイ○○○だけ!」と豪語しておられたが、地位と名声とお金の三つを上げられたら、私は迷わずお金をとるであろう。もう一つの方は幸いなことに間に合っている(と、うそぶいてみる)。

 アカデミー賞である。
 最優秀主演男優賞はおおかたの予想通り「Ray/レイ」のジェイミー・フォックスが受賞した。これに文句を言う奴は、対抗馬のディカプリオ氏しかいないだろう。私としては、ジム・キャリー氏にこそ賞を取ってほしかったのだが、これは公正さを欠いた個人的な好みの問題である。

 監督賞はクリント・イーストウッド翁であった。予算面でワーナーに冷遇されたにもかかわらず、成し遂げた快挙である。
 しかし、やはり個人的にはスコセッシ翁に取ってほしかった。ハービー・ワインスタインあたりが、もっとゴリ押しできなかたのか?爺さまそろそろヤバかろうに・・・。

 そんな悲喜交々のアカデミー賞で、モーガン・フリーマンの最優秀助演男優賞には惜しみない拍手を送りたい。近所の浅黒いパンチパーマのオッサンに、密かに「モーガン」というニックネームを付けてるくらい大ファンなのである。今度オッサンに会ったときは、背後から小さな声で「おめでとう」と言ってあげたい。
posted by 中華屋 at 00:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月26日

THE JUON/呪怨 孤独は好きですか?

 遥か昔の話であるが、パーマをかけたことがある。
 毛根の健康管理を第一とする現在からは、想像もできない暴挙である。
 それは「パーマをかけてるヤツは絶対連れて行かん!」と教師に言われた修学旅行の前日であった。当時不良だったわけでも尾崎豊に心酔して一世一代の反抗心に火をつけた根暗少年だったわけでもなかった私の真意は?ただツッコまれたかったのである。
 皆、ありがたいことに私の性格をしっかりと把握していたので、教師が「その髪型はどうした?」とつっこみ、私が「天然パーマです。」と答えるベタなやりとりに、クラスメートは爆笑してくれた。テレビでしか見たことないような掛け合いを成し遂げた自分に、とてつもない充足感を覚えたものである。

 残念ながら、まだ清水崇監督作品「THE JUON/呪怨」を見ていない。というか、基本的にホラーは暗闇の中一人で見るものと思っている。故にDVD化待ちである。
 「呪怨は怖い」という噂を聞きつけ、初めてビデオ版を見たのは2年ほど前になる。その後、ビデオ版「呪怨2」、映画「呪怨」、映画「呪怨2」と見てしまったが、だんだんと恐怖が薄れているように思うのは、私だけではないはずだ。まぁ、作る方も見る方も、同じプロットをこれほど量産されては、「怖がれ!」と言うほうが無理である。

 生まれて始めて見た国産ホラーは、大林宣彦監督の「ハウス」であった。小学生だった私は、肉付きのいいネーチャンのお尻に生首がガブリと噛みつくシーンで失神(いや失禁か?)しそうになった。うろ覚えではあるが、噛みついた生首より噛みつかれたネーチャンの顔の方が怖かったように思い出される。

 映画「THE JUON/呪怨」はアメリカで中ヒットを記録したわけだが、これは本当にすごいことである。黒澤だって、宮崎だって、日本でどう報道されようが、あちらでは「カルト」にしか過ぎないのだから。

 そんな事態に機嫌が良くなりすぎたのかどうか、松竹グッズネットでは「THE JUON/呪怨」グッズが売られている。これ↓

 松竹グッズネット

 アフェリエイトでもなんでもないので、気軽に購入していただいて結構だが、何か一つを手にした途端、アナタは友人を無くすだろう。
 少なくとも私は、こんな物をもっているアナタと友達にはなりたくない。
posted by 中華屋 at 11:51| Comment(0) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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